終わらない鎮魂歌を歌おう -夢のウタ-


「本日より関東支部東京23区担当になりました死神3900号、通称さくらです!」
 わたしは頬杖をついて、冷ややかな視線を送る。そして、それを流す新人死神にも。それを見て大爆笑している先輩死神たちにも。
「トーシロー!コーヒー入れてきなさい」
「え、俺は嫌ですよ!」
「わたしの言うことが聞けないの?姉さんにチクるよ?」
 ここに死神10460号、通称トーシローがここに配属された日、直感がこうわたしに告げた。「コイツはパシリにできる!!!」と。
「だって、さくらさん、俺のこといじめるじゃないですかぁ・・・。FIRE買ってきたら、Bossじゃないからダメとか、BOSS買ってきたらFIREじゃないからダメとか・・・」
「じゃあ、もうあのわたしの入社当時の映像流すのやめなさい!」
 頬杖をついたまま、肺が空になってしまうほど大きなため息をつく。
 最近仕事、つまんないなぁ・・・。

 一年ほど前。マキノチアキという男を担当した。すさまじい男だった。入社したばかりで、五度目の担当。誰の付き添いもなしにやる初めての仕事だった。正直しんどかった。でもその時、この仕事の意味を見つけたような気がした。
 生きている頃、わたしは何をするでもなく、ただだらだらと過ごしていた。毎日マンガばかり読み、自分の生き死になんか、まだ17歳の自分には関係ない話だと思っていた。たまぁ・・・に考えるとすれば、今のように惰性で生きているくらいなら、死んでしまってもいい、とか。
 で、わたしは死んだ。死んでからいろいろとやりたかったことを思い出した。もし、死ななかったとして、惰性じゃなくやる気と行動に満ちて生きていたら、と自分の人生を想像してみたりする。もっといろんなことに挑戦している自分を、想像してみたりする。で、すごく後悔する。
 だから死神になる、ということは誰も見つけることができなかった伝説のお宝を発見する、とか、今まで常識とされてきていたものを全て根底から覆すような凄まじい理論を証明してしまったとか、そんな新鮮な感じだった。死んでから初めて生きがいを見つける、ってのも変な話だけど、そういう感じ。
 でも最近の仕事は、楽すぎる。毎年三万人も自殺して、不慮で事故で亡くなった人達も。制への執着がない。未練を残して死んでくれ、とは言わないけど、生きている限り、生きることに執着してほしい、と生きている間に何もしなかったわたしが言うのは、変だろうか。

「井川武雄、25歳。職業マンガ家。死因は過労死。あんまり難しい仕事じゃないから、見習いでトーシローを連れてってあげてほしいの」
「はぁ」
「あの子はまだ、この仕事に緊張しすぎてるみたいだから」
「はい」
「ちなみに、井川武雄って有名なマンガ家なの?」
「聞いたこともないですね」

「ドロボーか!テメー!」
 アイツはバカか。
 トーシローが速攻で井川武雄に見つかった。死んだあと、どういう教育を受けて死神になったんだ、アイツは。
「いや、泥棒じゃないです!死神です!」
「アレか!俺の金を盗んだら、俺が餓死するから、そういった遠まわしな形で死を招く死神ってことか!」
 多分、今の吐いたため息で肺は空だ。
「わたしのことは見えてないみたいだから、わたしの存在を隠しつつ上手く言い訳して」
 そっとトーシローに耳打ちした。
「死神、っていうのはアダ名で、本当は今日から井川先生のところに遣わされたアシスタントです!」
 トーシローは舌を噛みそうなほど焦った早口で言った。
 井川武雄はまだ訝しげな眼でトーシローを睨んでいる。
「入れよ」
 トーシローは二度目の死に直面したみたいな表情で井川武雄の部屋に入って行った。
 頑張れ、トーシロー。

「で、トーシローくんはやっぱりマンガ家目指してんの?」
 トーシローは、そのクソ真面目な性格が災いし、本当に井川の仕事場でアシスタントの仕事をしている。
「はぁ・・・僕は主任ですかね」
「主任?」
「あ、要するに、もうちょっと偉くないたいってことですよ」
 トーシローの付き添い、わたしにはまだ相当荷が重いのでは?バカだもん。パシリしかできないし。
 井川の部屋は、狭苦しい。これほど狭苦しい場所は知らない。部屋の間取り自体狭い上、如何せん物が多く、ただでさえ狭い部屋を狭苦しくしている。マンガに必要であろうペン、用具。散らばった原稿、束ねられた原稿。生活に必要な冷蔵庫、テレビ。どれもお世辞にも清潔とはいえない。マンガ家といえど、やっぱり底辺なのか。
「トーシローくんは、俺より若く見えるけど、いくつ?」
 トーシローがわたしの方を見る。
「享年、言っておきな」
19歳です」
19か」
「井上先生は?」
25。大学なんか、途中でやめて、マンガ家一筋狙ってるけど、まだちょっと難しいかな。トーシローくんは、大学とか行ってんの?」
「・・・与野美大」
 井川が眼を見開いた。
「よく入れたなぁ!あそこは天才予備軍しか入れないんじゃないのか!?」
「まぁ、普通に」
「これは俺は原作だけでトーシローくんが絵をやった方がすげぇんじゃねぇのかな・・・」
 井川はまたペンを走らせる。
 その後は、わたしもわからないマンガ制作用語が飛び交って、意外にもトーシローはそれを全部知ってるらしく、作業は全部120点でやってのけているらしい。後ろからトーシローの作業を覗きこむと、かなりのスピードでトーシローは手際よく的確に作業をやっていた。
「井川先生、集中線これでいいですか?」
 死なずに死神にならなかったら、トーシローはかなり大成していたのでは?
「トーシロー、これはマンガ家の仕事じゃなくて、死神の仕事なんだからね。そこんとこ、忘れないで下さいよ」
 "二人の上司に全く別々の命令される身にもなってください,,
 トーシローが紙の端っこに走り書きした。
「トーシローくん、今日はもう帰っていいよ」
「あ、僕住み込みって上司に言われたんですが」
 ・・・トーシロー?
「おお、じゃあ布団が奥にあるから、先に寝てていいよ」

「トーシロー、あんた何やってんの?」
「あ、いや、仕事ですけど」
 井川はまだ仕事部屋でペンを走らせている。
「いや、仕事ですけどじゃないでしょ。あんたの職業は何?言ってみな」
 こめかみの血管がピクピクしているのがわかる。血圧、上がっちゃうなぁ。
「死神です」
「死神の仕事は?」
 メガネの汚れを拭く。
「死者の魂を救うこと」
「そう。わかってるのに、なんでそれが出来ないの?」
「・・・・・・」
 トーシローが押し黙る。
「ちょっと考えたんですけどね」
「うん」
「魂を、救うんですよね?」
「そうね」
 わたしはトーシローを睨む。
「魂だの仕事だのどうのこうの言う前に、なんで上司のわたしが立ってて部下のあんたが偉そうに寝転がってる・・・」
 トーシローは布団から立ち上がり、正座する。
「死者の魂を救うこと。それが、死神の仕事」
「そう。よくわかってるじゃない」
 トーシローが真っすぐな目でわたしを見る。
「俺は、その仕事をしています」
「ん?」
「だって、井川武雄は死ぬんでしょう?」
「書類によれば、ね」
「死者と、生者の違いってなんですか?生きていることと死んでいることだけでしょう?魂には変わりないんですよね?」
「まぁ・・・」
「死んだ魂を救うのが死神の仕事。でも、魂が残るってことは、その死んだ魂はこの世に未練を残して死んでしまった。救われることなく死んでしまった魂です」
「そうね」
 トーシローのペースで話しが進む。
「なら、その死ぬ瞬間こそが、その魂が最も救われない瞬間だと思うんですよ」
 思い出す。わたしが死んだ瞬間のこと。
「俺、どうやって死んだか知ってます?」
「わたし、君の担当じゃなかったから」
「僕、溺れたんですよ。生前からパシリで、美大の先輩の荷物背負って移動する途中だったんですよ。でも、使ってた自転車、老朽化が進んでてね」
「なんで途中からタメ語だこの下っ端」
「ぶっ壊れたんですよ、自転車。で、川に落ちて溺死です」
「それは・・・ご愁傷さま」
「先輩達の荷物、作品だったんですよ。絶対に沈めちゃいけないと思ったのに・・・沈めちゃいました。僕は溺れちゃうし。死んだ時、最悪だと思いました。先輩達の作品・・・」
「自分が死んだことより?」
「死んだのは、二の次です。死ぬほど守りたかったものを守れなかったのが、僕の救われなさです。生き死にと生きがいでは、生きがいの方が大事なんです」
「君にとって生きがいがパシリだったということじゃないの」
「武雄先生が、霊にならなくてもいいようにする。先生が死ぬまでに、全て終わらせる!それが、今回俺がやるべきことなのでは?」
「もういいよ。好きにしなよ」 


「井川先生、この作品、どういう作品なんですか?」
 トーシローは完全にアシスタントと化した。わたしは相変わらず気配を殺して後ろから見ている。
「これは夢の話だ」
「夢、ですか」
「トーシローくんも男だろ?夢は持つよな」
「はい」
「これは、主人公の夢の話で、俺の夢だよ。俺がこれを完成させることは、夢なのかもしれない」
「まさか、自分が死ぬとか思ってるんですか?」
 このバカ・・・!
「原稿送り続けて何年かな。賞もよくて最終選考止まり、あちこちの出版社を回ったよ。だから、これを完成させることが、俺の夢でもある。いつか、誰かに夢を与えるマンガを描く。それが俺の夢だ。あわよくば、この作品が俺の夢を終わらせてほしい」
 
 一週間後、井川は死んだ。予定日を五日ズラし、井川は執念で描きあげた。過労死だった。過労で死ぬはずなのに、五日間、生き延びた。恐るべき執念だ。
 トーシローは、大声で泣いた。井川の魂は、すぐに救われたが、しばらくトーシローは立ち直れなさそうだった。
「よくやったわよ、トーシロー」
 トーシローはまだ武雄の仕事部屋から動こうとしない。
「井川先生の最後の原稿、読みます?」
 わたしは武雄とトーシローが作り上げた最後のマンガを読んだ。
「最高に面白い」
 トーシローが鼻をすすりながら笑った。
「さくらさん。井川先生が救われました」